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「格差社会」は問題なのか

 「格差社会が問題です」とよく報道されます。世界の富の半分を、1%の富裕層が独占していると言います。タワーマンションに住み、高級車を乗り回す人もいれば、20平米もないアパートに住み、軽自動車に乗る人もいます。

 さて、この格差社会問題で、是正しなければならないと主張する人も多いですが、本当に格差社会は問題なのでしょうか。今回は格差社会について考えていきたいと思います。 

 

格差社会の問題点

 格差社会問題点はどこにあるのでしょうか。

 一億総中流の時代は終わり、正社員の下に新しく非正規雇用、派遣社員や嘱託などの階級がつくられ、将来は不安定で給料は低く、それでいて年金や所得税はがっつり引かれ毎日の生活に困っている姿がクローズアップされます。

 その一方で富裕層はベンチャー・ITビジネスや株式などで成功し、派遣社員など非正規雇用の従業員を使役し、莫大な資産を蓄え、子どもには高い教育を施し、時間的・経済的に自由を手に入れています。

 労働者階級は朝から晩まで額に汗をかきながら働き、それでいてバブル期に比べると給料は安く、頑張っても報われない状況が続いています。それどころか働き口は減り、税金は高くなり、年金は支払われるかもわかりません。

 低賃金で働く労働者層は、お金がないために高い教育費を払えず、親が貧乏なら子どもも貧乏になるという問題点、低品質のものしか買えないために栄養状態が悪いという問題点、お金に関する悩み事(生活費・年金問題)が多いために過剰なストレスを受けているという問題点があります。

 教育格差、生活格差などをまとめて「格差問題」と称しています。お金持ちと貧乏人の格差は年々拡大しています。富裕層は相続によって子どもに富裕層のクラスを引き継ぐことができ、貧乏人は教育費を払えないため子どもも低学歴となり、貧乏人のクラスを引き継ぐのです。

 近代以前の「貴族の子は貴族」「農民の子は農民」のように「お金持ちの子はお金持ち」「貧乏人の子は貧乏人」と、生まれによって階級が固定化されてしまうのが格差社会の大きな問題点とされているのです。

 しかし、本当にそうでしょうか。確かにお金持ちの子はお金持ちになりやすいです。貧乏人の子が貧乏人になるのもよくある話です。しかし、貧乏人の子だからお金持ちになれないというわけではありません。

 なぜならベンチャー企業、IT企業で大儲けして富裕層となった人たちは、もともとお金持ちだったわけではないからです。起業は誰でもできることですし、株式などの資産も誰でも買えるものです。生まれつき富裕層じゃないと買えないものではありません。

 

生まれが貧乏でも逆転できる

 格差社会が問題にされますが、貧乏人に生まれたら貧乏人にしかなれないというわけではありません。

 ITの時代になり、誰でも手軽に起業できるようになりました。株取引もスマホでできるようになりましたし、専門的な知識も検索すれば出てきます。

 工場を建てなければ起業できなかった時代、大学や図書館に行かなければ知識をえられなかった時代に比べれば、みんなにお金持ちになるチャンスがあります。時代の変化をうまく利用できた人が新しく富裕層となっているのです。

 「お金がないと教育を受けられない」というのも勘違いです。ありがたいことに貧困家庭への支援策は充実しており、1円も払わずに大学を卒業することだってできる次代です。私は最初、その制度を知らなかったために入学金と前期分の授業料の半額は払っていたわけですが、制度を知っていればそれすら払う必要がなかったのです。

 返済義務なしの給付型奨学金もあり、数千円の参考書を何冊か買って受験勉強をするだけで高学歴になれるチャンスがあります。貧乏人でもチャンスに乗れば高学歴になれます。

 機会は平等に与えられています。誰でも学校に行けますし、タダで大学にも通えますし、公務員の子どもでなくても公務員になれます。起業に資格は不要ですし、株取引や資産運用にも資格は不要です。誰でもお金持ちになるチャンスがあるのです。

 

格差ができるのは資本主義なら当たり前

 資本主義社会で生きる限り、格差が生まれるのは当然です。資本主義社会では競争が根底にありますから、商品を開発し、業界No.1を目指して同業他社と競争します。

 生き残る会社以外は敗退し、生き残った会社は富裕層となり、敗退した会社は貧乏人になります。競争を繰り返すことで富裕層はますます富裕層となり、敗退した貧乏人はどんどん増えていくことになります。つまり、富が少数の富裕層に集中し、貧乏人はどんどん増えるというわけです。

 しかし、この部分だけをみて「資本主義はダメだ」と思うには早すぎます。

 たとえば農業をみてみましょう。昔は農業をする人が非常に多かったです。村では農業の競争になり、村の友達同士でパイを争うわけですから、辛くなって農業を辞めます。この時点では「敗退した貧乏人」で、生き残った農家が「富裕層」です。

 しかし、敗退した貧乏人のままでは生きていけません。そこで街に出ます。農業がダメなら商業です。次は商業で身を立てるのです。店を構えます。八百屋さんを始めたとしましょう。同じように農業で敗退した人たちが八百屋さんを始めるのです。

 またしても競争が起こり、最安値で高品質な野菜を売れる八百屋さんが生き残り、富裕層となります。敗退した貧乏人は、八百屋さんを辞め、衣服の工場を始めたり、衣服の販売店を始めたりします。こうして商業は充実し、次々に富裕層が生まれていきます。これが資本主義です。

 つまり、資本主義社会なら格差は当然に起こります。「自分もお金持ちになりたい」という熱意のもと、次の仕事を考え、新しいビジネスを始めて「富裕層」を目指します。このサイクルで富裕層は続々と生まれ、経済が発展していくのです。

 新しい仕事を作るのでなく、貧乏人になったことを嘆き、税金という国家権力を使って富裕層の足を引っ張ろうとしているのが「格差問題」であるといえます。

 

誰でも富裕層になる自由がある

 資本主義社会で重要な役割を果たしているのが、憲法22条の「職業選択の自由」「居住・移転の自由」です。この自由があるために、誰でも富裕層になる自由があるということになります。

 昔は農民に生まれたら、その土地で親を受け継いで農民になるしか選択肢はありませんでした。しかし今は引越しの自由があり、職業も自分で決めることができます。生まれた村で生活を続けなくても良いですし、農業とはまったく関係のない仕事を始めるのも自由です。

 どんどん新しいことにチャレンジし、始めた事業が失敗したらたたんで次の事業を始め、富裕層の仲間入りを目指すことができます。誰も農業を続けることを強要できませんし、新しい土地で一からやり直しても、誰にも連れ戻されることはないのです。

 このようにして格差を感じたら自分の努力によって富裕層の仲間入りを果たす自由は、誰にでも認められている自由です。誰も「貧乏人は貧乏人のままでいろ」と強制していません。

 しかし現実には格差があり、貧乏人は貧乏人のままという状況があります。これは、貧乏人は「正社員として雇われるのが一番」という考え方があるためです。目指すところが「富裕層の仲間入り」ではなく「正社員」なため、貧乏人のままなのです。

 当然、そういう考え方の持ち主は子どもにもそのように教えます。「勉強して大学を出て福利厚生のしっかりした会社に就職しろ」というわけです。これこそが「貧乏人になるノウハウ」であり、格差を生み出す原因です。

 もちろん就職してサラリーマンとして生きる道を否定するものではありません。しかし、雇われるという時点で富裕層にはなれないことを認識しておく必要があります。競争に参加しないのですから、格差以前の問題です。最初から勝負していないのです。

 

格差社会は問題か?

 さて、格差社会は本当に問題なのでしょうか。上記の通り、格差を実感して「自分も富裕層の仲間入りを果たそう」と頑張るのが資本主義社会です。

 富裕層の仲間入りを目指さず、富裕層から税金をとって貧乏人に分配しようというのは、資本主義らしい考え方ではありません。努力を続けて競争に打ち勝っても税金を搾り取られるのであれば、誰も富裕層を目指しません。

 富裕層は生まれつき富裕層のランクになることが決まっているのではありません。相続税は取られますし、子ども自身もお金持ちでないと、そもそも親の遺産を相続することもできません。

 どのみちお金持ちになるには、お金持ちの素質を備えておかなければなりません。ところで、なぜお金持ちの子どもはお金持ちになれるのでしょうか。

 お金持ちの子がお金持ちになりやすいのは「資産」の相続ではなく、「お金持ちになるノウハウ」の相続があるためです。子ども自身が資産を築き、親から遺産を相続するときには自分で相続税を国に支払います。こうして資産を受け継ぐことができるのです。

 これに対して貧乏人の子には「貧乏人になるノウハウ」が相続されるため、お金持ちになる方法がわかりません。学校でもお金持ちになる方法は教えてくれません。お金持ちの子はお金持ち、貧乏人の子は貧乏人になってしまうのです。

 格差社会問題があるとすれば、それは資産の格差ではなく、お金持ちになるノウハウの格差でしょう。

 富裕層を目指した努力をせず、ただ富裕層に嫉妬し、税金をむしりとって貧乏人に配分しようという考え方は危険です。富裕層は悪さをしてお金を稼いだのではありません。努力の結果、お金持ちになったのです。努力もせずお金がないという理由で税金を払わず、お金を持っている人からむしり取る行為は強盗そのものです。

 ここまでをまとめると、「格差は当たり前」「誰でも富裕層になる自由がある」「貧乏人は子どもに貧乏人になるノウハウを伝授する」ということです。

 格差問題の本質は「貧乏人が富裕層になろうとしない」ということですね。