正社員の解雇規制の緩和はあぶない?
イタリアでは正社員の解雇規制の緩和が行われたそうです。 賠償金を払えば解雇できるという法律ができたのです。ご存知の通り日本では解雇がとても厳しく制限されています。 会社がつぶれかけているとき以外に正社員をクビにすることができません。
しかし、イタリアではむしろお金さえ払えば正社員をクビにできるようにしたのです。 今日は解雇規制の緩和について少し考えてみましょう。
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イタリアではなぜ解雇規制の緩和が行われたか
イタリアでは、なぜ正社員の解雇規制の緩和が行われたのでしょうか。 不景気にあえぎ、イタリアの失業率は12.4%と依然高い水準で推移しています。そんな状況のイタリアで、 正社員の解雇規制を緩和して大丈夫なのでしょうか。
イタリアでは非正規雇用が大流行しており、なんとイタリアの正社員は労働人口の33.6%しかありませんでした。
日本では非正規雇用が緩和されつつあるとはいえ、まだ正社員の割合は高く、男性で77.8%、女性で43%ですから、 イタリアの正社員がいかに少ないかがわかりますね。 そんな中でイタリアでは正社員の解雇規制を緩和したのです。
「こんなことをすればクビになる正社員が増えてさらに非正規雇用が増えてしまうのでは?」と思うのも無理はありません。 しかし、イタリアも正社員を減らしたくてこの法律を作ったわけではありません。 むしろ「非正規雇用問題」を解決するため、正社員を増やそうとして解雇規制を緩和したのです。
そもそもなぜ正社員の雇用が減っているかというと、「クビにしにくい」からです。 一度正社員を雇ってしまうと、よっぽどのことがない限りはクビにできません。 会社が倒産するとか、社員が犯罪を犯したとか、無断欠勤を何日も連続で続けたとか、 そういった場合にしかクビにできません。
会社の業績が傾いた程度では正社員をクビにできません。そのため業績が傾いても養える最低限の人数だけ正社員を雇い、 それ以外はすべてクビにしやすい非正規雇用で雇うようになります。 日本でも一時期、派遣切りが問題になりましたが、正社員をクビにできないので、不景気時のクビ要員として派遣社員を雇っていたからです。
イタリアではこれを逆手に取り、クビにしやすくすれば非正規雇用をするメリットがなくなるから正社員が増えるんじゃね?と、 正社員の解雇規制をゆるくしたのです。
イタリアが解雇規制を緩和したのは2015年の3月ですが、わずか数か月で正社員が33.6%から40%に大きく改善したようです。 非正規雇用が減り、正社員が増えているのです。解雇規制の緩和には一定の効果があったと言えます。
イタリアの解雇規制緩和は成功か?
イタリアの正社員の解雇規制の緩和は、数字の上では成功したように思えます。 しかしまだ、成功したとも言い切れません。なぜならまだ規制緩和から時間が経っていないからです。
ではなぜ成功したようにみえるかというと、理由は2つあります。 1つは「正社員をクビにしやすくなったことで、逆に正社員を採用しやすくなった」理由と、 もう1つは「アメリカ経済が好調なのでEU諸国もつられて復調傾向にある」ことです。
正社員をクビにしやすくなるということは、不景気になったときにクビ切りができるため、 正社員をたくさん雇っても大丈夫ということです。これまでは正社員をクビにできませんでしたので、 好景気のときにも、いずれやってくる不景気に備えて正社員を増やさないようにしてきたのです。
それが解雇規制の緩和で、不景気のときのことを考えずに正社員を採用できるようになったのです。 そのため非正規雇用をするメリットがなくなり、正社員の採用が増えたというわけです。
また、アメリカ経済の好調につられてEU諸国も復調傾向にあります。
EU諸国はギリシャ危機から脱していません。ギリシャはEUの求める緊縮財政に賛成する政権が誕生し、 デフォルトの危機は脱することができました。しかし、緊縮財政は経済問題を解決する魔法の薬ではありません。 そもそも不景気のときに緊縮財政をするのは間違いだからです。
緊縮財政とは要するに「無駄遣いを減らして財政赤字を縮小する」ことですが、アメリカでも日本でも、 不景気のときに緊縮財政を行ったために景気がさらに悪化するという失敗を経験してきました。 日本では中曽根政権、小泉政権が緊縮財政を行ったために「失われた10年」は「失われた20年」になりました。 それでもなおギリシャに緊縮財政を押し付けるのですから、ギリシャ危機はまだまだ続くでしょう。
それ以上にアメリカ経済は好調です。というのも、シェール革命によっていままで輸入に頼っていた石油や天然ガスを、 自前で用意できるようになったからです。もはやアメリカは資源輸入国ではありません。すでに資源大国になっています。 今まで中東に払っていたお金が、アメリカ国内で済ませられるようになったのです。
さらに原油価格が暴落しているため、製造業では工場での製作コストが下がっています。 材料費、原料費が下がるということはその分、原価が削減されたことになります。 企業の利益は増えますし、お客さんにも安売りすることができます。
こうして中東に払わなくてよくなったお金で買い物をすることができ、アメリカ経済が回復してきているのです。
これにつられてEU諸国でも最悪の時期は脱した状況です。 イタリアの企業が雇用を拡大したいタイミングと、解雇規制緩和のタイミングが見事に一致したというわけです。
解雇規制の緩和、今はいいけど・・・?
上で述べたように、イタリアで正社員の解雇規制の緩和が成功したように見えるのは、タイミングが良かっただけです。 不景気の最悪の時期は脱しているのですから、回復に向かって企業が雇用を拡大するのは当たり前であり、 さらに次の不景気のときには正社員をクビにできるのですから、今は正社員を採用したっていいというわけです。
タイミングが良かったという点に注目しなければなりません。シェール革命と景気の回復がたまたまタイミングよく起きただけであり、 不景気のときはどうするの?というところまでは解決していません。
正社員をクビにしやすくなったわけですから、当然不景気になれば正社員がクビになります。 これまで正社員の大きなメリットは、「雇用が安定している」ということでした。 そのメリットが消えてなくなったのです。
正社員が増えたからと言って、正社員の方が給料が高いとは限りません。変わるのはボーナスくらいです。 それ以上に「正社員はクビにならない」という魅力が消え去ったのですから、労働者の不安は高まるはずです。
結局のところ、不景気のときは正社員でもクビになりますので、年を取っている名ばかり管理職や、 年の割に出世できていない正社員、総務や人事など花形部署以外の正社員が優先してクビになります。
本来よく働く人ほど会社に置いておき、手厚い待遇がされるべきです。 工場労働者や営業マンなど、会社の継続に絶対に必要で今後も利益を出してくれる若者のほうが優遇されるべきです。 しかし、年を取ったらポイ捨てというのは、その若者たちにも不安を与えます。
好景気のときでも何か失敗を犯すとクビになる可能性があるのです。 成績が悪かったからクビ、部署がなくなるからクビ、若い人を採用したからクビなど、 いろんな可能性が考えられます。
「雇用の安定」のない正社員に果たしてどんなメリットが残っているでしょうか。
社員の努力に関係なく不景気はやってきます。好景気の時と同じくらい頑張っていても、 不景気のときにはモノが売れないのです。そんなときに解雇規制が強ければ、少なくとも会社がつぶれない限りクビになることはありません。
こういった問題は、シェール革命に湧くアメリカ経済に引っ張られている間はいいでしょう。 しかし、ギリシャ経済の低迷が続いた時、「正社員がクビになる恐怖」として噴出するでしょう。
解雇規制緩和は日本ではうまくいく!?
不景気の時の問題があまり考えられていない解雇規制の緩和ですが、意外と日本では好景気時も、不景気時もうまくいくかもしれません。 というのも、日本のサラリーマン経営者はクビにできる状況でもなかなかクビにしたがらないからです。
日本の企業は、特に大企業は、給料を下げてでも雇用を守る会社が多いです。 給料をいつでも下げられるように、ベースアップをせずにボーナスを増やすところに注目してみましょう。
基本給は、原則減らせません。基本給は労働組合の同意がない限り変えることができません。 一方でボーナスはその都度、経営者が金額を決定することができ、労働組合の同意は不要です。 そのため好景気時にもベースアップはせず、ボーナスを増やす会社が多いのです。
このようにして、ボーナスを減らして社員を減らさないという企業が多いのが日本の特徴です。
本当に危機に瀕した家電メーカーを除いて、リーマンショック時にも派遣切りはそれほど行われませんでした。 私の会社でもボーナスこそ大きく減っていたのですが、正社員はもちろん、派遣社員もクビになっていません。
考えても見れば、これまでずっと一緒にやってきた社員に「お前はクビだ!」などと言いにくいものです。 人となりも知っており、それぞれ家庭があり、クビになったあとのことを想像すると心苦しいですね。
もっと言えば、経営陣も安定した雇用に守られて今まで生きてきたわけです。 自分はそういう環境にいたのに、社員に「景気が悪いからクビな!」などと言えるでしょうか。
会社が本当に危機に瀕したときでも正社員をクビにできないため、 これまではなるべく既婚の女性を非正規で雇用し、不景気になっても路頭に迷う人が出ないようにしてきました。
しかし解雇規制が緩和されれば、これまで非正規雇用だった女性を正社員として迎え入れることができるのです。 本当に危機に瀕したときはクビにできる保険をかけながら、多少の不景気ならボーナスの額で調整し、 なるべくクビにしなくて済むようにするわけです。
解雇規制の緩和は、日本では意外と効果があるかもしれません。
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著者:村田 泰基(むらた やすき)
合同会社レセンザ代表社員。1989年生まれ。大阪大学法学部卒。2013卒として就活をし、某上場企業(メーカー事務系総合職)に入社。
その後ビジネスの面白さに目覚め、2019年に法人設立。会社経営者としての経験や建設業経理士2級の知識、自身の失敗経験、300冊以上のビジネス書・日経ビジネスを元に、8年間に渡り学生の就職活動を支援している。
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